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公益財団法人日本水泳連盟 科学委員会 JAQUA SC.

🏊 競泳レース分析とこのページの目的

公益財団法人日本水泳連盟 科学委員会では、日本選手権・ジャパンオープンなどの全国大会と、夏季に行われる年代別大会の決勝レースにおいてレース分析を実施しています。レースの結果を客観的に評価し、そこまでのトレーニングの振り返りや、次のレースに向けた戦略立案に活かしてもらうことを目指しています。

レース分析公開サイトには、2013年から2025年までの60大会を超える分析データが公開されていて、誰でも閲覧することができます。科学委員会では、このデータを強化に活用してもらいたいと考え、様々な取り組みを行っていますが、数値・データを扱う性質上難しいと感じたり、活用方法がわからないという感想をいただくことがありました。

競泳に携わるすべての方に、それぞれの分析データがどのような流れで公開されるのかをお伝えすることで、レース分析を身近に感じてもらいたいと考えてこのページを作りました。わかりやすく説明することを心がけていますが、難しい所・解説が足りないところがあればぜひページ最下部のお問い合わせ先よりご連絡ください。

それでは、科学委員会の分析データについて、分析項目とその分析方法をご紹介しましょう。

※ このページの内容(文章・写真)の無断転載を禁じます。
※ 文中の画像はクリックすると拡大されます。

📊 通過タイム・ストローク分析について

プール最上階に固定カメラを2台(スターター撮影用も含めると4台)設置してスタート側・ターン側に分けて撮影をします。 このカメラには、時間を同期しておくためのLEDランプが取り付けられていて、スターターの合図から何秒たったかを正確に計算できるようにしています。

極力測定する際の誤差を少なくするため、分析の目的に応じて様々な場所にカメラを配置します。そのため、後述するスタート・浮き上がり分析用のカメラ・泳速度分析用のカメラも入れると、7台体制で分析映像を収録しています。(図1)分析を行いたい場所の真横にカメラを設置することが望ましいですが、カメラの台数の制約から50mプールに対して15m〜25m程度をカバーできるような画角でカメラを配置しています。唯一、泳速度分析を行うカメラはプール全体をカバーする必要があるため、より広い画角を撮影できるように補助機材(一脚・レンズなど)を用いています。

図1: カメラ設置例
図1: 各分析用カメラ設置の様子

撮影された映像はクラウド上にアップロードされ、各地で待機している分析スタッフの元に届けられます。
分析スタッフは受け取った映像をPCで開き、選手の頭頂部の移動と、手の動きに合わせて以下の分析項目を順次分析(図2)していきます。
(💡 分析システムの簡易版はWebで公開しています。自分で撮影した映像を分析できます。)

図2: 分析システム
図2: システム上でスタッフがレース分析をしている様子

それでは、どのような分析項目があるのかについて説明します。 まず、図3-(a)(b)のように競技距離によって、分析する区間が異なります。

図3a: 競技距離ごとの分析区間のイメージ
図3-(a): 50m〜400m種目の分析区間
図3b: 競技距離ごとの分析区間のイメージ
図3-(b): 800m・1500m種目の分析区間

50m/100m種目は、10m毎に分析を行います。200m種目は最初の10mと次の20mを、400m以上は15-45mの30m区間で分析を行います。800m/1500m種目は基本的に400m種目と同様の30m区間ですが、分析を行う区間を限定しています。全体を通して、泳区間が10区間(図3の青線10本分)取れるように間引いて分析します。

通過タイム

通過タイム は最も基本的なレース分析の項目です。
選手の頭頂が通過したときの時間[秒]を分析します。通過した時間の差(ラップタイム[秒]から、その区間の速度[m/秒]を計算します。

ストロークタイム

1ストロークにかかった時間[秒]を、ストロークタイムと呼びます。
1ストロークのみだと誤差が大きいため、3ストロークにかかった時間を計測し、3で割るという方法を取っています。
ストロークタイムを1分間の回数に直したものとして、ストロークテンポ[回/分]と呼ぶ場合もあります。

ストローク長

ストロークタイムに似た名前の、ストローク長は、1かきで進んだ距離[m]を表します。

💡 本来は1かきずつ進んだ距離を測る必要がありますが、レース分析においては先ほどの ラップタイム で計算された速度[m/秒]ストロークタイム[秒/ストローク] を掛けて得られる [m/ストローク] を、その区間における平均的なストローク長として扱います。

ストローク数

ストローク数[回] は、映像撮影スタッフが撮影の合間に1レースずつ確認してカウントします。(図4

図4: レース分析表
図4: 映像撮影とストロークカウントスタッフの活動

以上の項目を集計したものが、図5のレース分析表です。1行目は通過タイムを、2行目は泳区間とスタート・ターン区間のラップタイムを、3行目には平均泳速度ストロークタイムを、4行目にストローク長ストローク数を表示しています。

図5: レース分析表
図5: レース分析表の例

分析されたデータが正しいかどうかは、2回のチェックを経て公開されます。チェックの際には、そのレースに出場した他選手の分析値と比較して矛盾がないかをそれぞれの項目で確認します。(図6

図6: 他選手との比較例
図6: 分析データが正しいかどうかをチェックする様子

チェックが完了したデータはWebサイト上で公開される(図7)とともに、映像配信システム上で個別の分析データとしても公開されるようになっています。

図7: 分析データ公開例
図7: Web上での分析データ公開例(左:レース全体、右:個別レース)

このような流れを経て、レース分析結果が選手・コーチの手元に届くようになります。

🚀 スタート・浮き上がり分析について

従来のレース分析ではスタート局面は15m通過タイム[秒]速度[m/秒]で評価をしていましたが、さらに細かく分析を行うことで、レース中で最も泳速度が高くなるスタート局面における評価をできるようになります。

この分析には前項の区間分析とは別のカメラ(図1両端の緑カメラ)からの映像を利用しています。どのような分析にも誤差はつきものですが、より大きく撮影することでその誤差を小さくすることができるためです。
撮影したカメラ映像に写っているプールは台形(図8左)なので、これを真上から撮影したように長方形に変形(図8右)させることでプール上の点が何mの位置であるかを計算できるようになります。

図8: プールを真上から撮影したように変形させる例
図8: プールを真上から撮影したように変形させる例

ここでは以下の項目に関して、時間距離を求めています。
画像上で分析した時点では画素数[px(ピクセル)]ですが、実際の長さとの対応関係から、距離[m(メートル)]を計算できるようになります。

分析するタイミングは、

  • スタート後に手が入水したとき
  • 水中で手が離れたとき
  • 頭が水面に出たとき
  • 頭頂部が水面に出たとき
  • 1かき目のストロークが終了したとき
の5つです。これらを用いると、図9の解説のように2パターンの解釈ができます。

図9: スタート・浮き上がり分析表例
図9: スタート・浮き上がりの5つの時点をまとめた例

図10はスタート・浮き上がり分析システムを用いて分析をしている様子です。動画を進めながら、上述の5項目を順番に分析していきます。(スタート・浮き上がり分析システムは公開していません。)

図10: スタート・浮き上がり分析システム
図10: スタート・浮き上がり分析システム
浮き上がり直後の速度の評価

図9上を見てください。ここでは、手が入水してから頭が水面に出るまでを浮き上がりの技術ととらえています。その際、浮き上がった直後にどのくらい速度を保てているか指標として捉えています。
加えて、頭の移動方向を黄色の矢印で示すことで、浮き上がりの瞬間の頭の移動方向を確認できるようにしています。浮き上がり後に、頭が上に動いた場合に矢印が水平でなくなります。また、各ポイントをつなぐ灰色の矢印の向きは、泳いだ方向を表しています。飛び込んだあと左右に寄って泳いだ場合に、矢印が水平でなくなります。

浮き上がり時の最初の1ストロークの評価

先程は浮き上がり直後の速度を評価しましたが、図9下では水中で手が離れてから最初の1ストロークを評価することにポイントを置いています。浮き上がる直前はまだ高い泳速度を持っていると考えられるので、その後の最初の1かきによって、浮き上がり時の速度がどのように変化しているかを確認できます。


これらを含めた全体の分析結果を1つの表にまとめたものが図11-(a)です。

図11-a: スタート・浮き上がり分析表例
図11-(a): スタート・浮き上がり分析表

また、結果をプールを模した背景に矢印と数値を使って図示したものが図11-(b)です。

図11-b: スタート・浮き上がり分析表例
図11-(b): スタート・浮き上がり分析可視化図

これらのデータを選手・コーチに届けることで、スタート動作に対するトレーニング成果の検証や、レースの振り返りに用いられることが期待されます。

🌊 泳速度分析について

2020年以降、各国でAIを活用した分析がさかんに行われるようになりました。科学委員会でも、さきほど解説した区間分析をより細かく解析できるように、研究機関と協力してプール全体を撮影した映像から選手の位置を分析するシステムの開発(概要説明)と運用を行っています。
映像をコマ送りでレース全体に渡って分析することは、人間の手間とフィードバックまでの時間を考えると現実味がありませんでしたが、AIを活用することでその障壁を取り除くことができました。

AI解析によって得られるデータ(図12)は、レース中の時間[秒]位置[m]の情報です。これにより平均値としての速度ではなく、泳いでいる間に時々刻々と変化する速度[m/秒]を計算できるようになります。

図12: AI解析によって得られるデータ
図12: AI解析によって得られるデータ(頭部と身体を認識しています)

この速度情報をグラデーションで示したグラフが図13です。スタート後から徐々に速度が変化している様子が捉えられます。
この分析データは、2025年3月に実施された第100回の日本選手権から公開をスタートしました。各レースの分析データとともに参照できます。

図13: 泳速度グラデーション例
図13: 泳速度の変化を色のグラデーション表示した例

灰色の折れ線(点線)はグラフ上部の時間における選手の位置(図14)を表しています。点線がレースの進行とともに変化する様子が確認できます。
また、グラフ下部の距離はその距離における選手の速度を表しています。全体を見ることで50m区間の間で選手がどのようにレースを展開したかを概観できます。

図14: 選手位置の折れ線
図14: 選手の位置関係を表す折れ線グラフのイメージ

速度の値は色の濃さで表されていますが、その具体的な値は右側のカラーバーで示されています。
濃い青は2.0[m/秒]を基準に、それよりも高い速度(主にスタート局面とターン直後)は虹色のグラデーションで示し、それ以下の速度はそのレース中の最も遅い速度を白で示しています。
そのため、種目・レースによって白色の速度は異なる点に注意が必要です。

💡 おわりに

科学委員会では、レース分析データの活用を支援するための取り組みも行っています。各都道府県で実施する合宿などへの講義など、ご相談ください。

また、わたしたちと一緒にサポート活動(図15)に参加してくれるスタッフを募集しています。
選手をしながらサポートをしているスタッフ、マネージャーをしながらサポートにあたろうと考えているスタッフ、教育機関で研究や教育をしている人など、多種多様なスタッフが活動しています。

図15: サポートの様子
図15: 大会会場における科学サポートの様子

選手の情報を扱うため、守らないといけないルールはありますが、学種・学年や資格取得の有無などの制限は設けていません。作業をする中で、できることが増えていくような環境です。興味のある方はぜひご連絡ください!


連絡先:競泳レース分析プロジェクト担当:jasf.kagaku{at}gmail.com
(最終更新日:2025-03-23 12:04)